先日、妻と食事をしながら、ふとこんな話をしました。

「資本主義の世の中で、国民全員が豊かになることってできると思う?」

なんでそんな壮大な話になったのかと言えば(笑)、最近やたらと物価高や不景気などのワードを耳にするからです。

結論から言えば、理論上は可能です。

というより、現代の日本に関して言えば、僕たちはすでに相当な豊かさを手に入れています。

それにもかかわらず、多くの人が「豊かさ」を実感できていないのが現状です。

このカラクリを丁寧に紐解いていくと、僕たちが目指す「豊かさ」が見えてきます。

豊かさの種類

まず整理するのは、豊かさの定義です。

大きく二種類に分けてみます。

Check

資本主義というシステムは、どうしても格差を生むため、「相対的な豊かさ」の差は開いてしまいます。

しかし、その一方で「絶対的な豊かさ」の底面は、着実に押し上げられているのです。

経済を回す価値のバトンリレー

そもそも資本主義とは、個人の自由な経済活動を認め、利益を追求することで社会全体を豊かにしようとする仕組みです。

なぜこれが「絶対的な豊かさ」に繋がるのか?

それは、経済の本質が単なるお金の移動ではなく、「価値の増幅」と「社会への還元」にあるからです。

Point

そして、自由競争の中で大きく稼いだ人は、税金という形で、その利益の一部を社会に預けることになります。

それが道路や橋、あるいは生活の安全網へと形を変え、直接バトンを受け取っていない人の足元まで届いていく。

つまり、バトンが回る過程で「お裾分け」が自動的に行われるようシステム化されています。

だからこそ、資本主義は社会全体を豊かにする可能性を秘めているのです。

日本が不景気の理由

正直に言えば、今の日本はこの「バトンリレー」がひどく渋滞している状態と言えます。

将来への不安から、多くの個人や法人が「お金を使わずに貯め込む(貯金や内部留保)」という選択をしているからです。

Note

しかし、不景気とは言うものの、僕たちの「絶対的な豊かさ」の土台は、過去とは比べものにならないほど高い位置にあります。

「いや、絶対的な豊かさが上がっているはずがない!」と思う方もいるかもしれません。

それはおそらく、「目の前にある豊かさ」が当たり前すぎて、気付いていないだけです。

起業一年目の僕の生活

僕は2014年に起業したのですが、一年目はお金がありませんでした。

数字で見れば、おそらく低所得者層に該当していたと思います。

でも、生活自体は決して惨めなものではありませんでした。

Example

多分、昔の王族よりもよっぽど良い暮らしをしていたと思います 笑

今は所得も増えたわけですが、なんとびっくり、昔と今の生活水準はそんなに変わっていません。

強いて挙げるなら、性能の良いパソコンを使うようになったこと、仕事部屋の机や椅子が豪華になったこと、ホームジムを作ったことぐらいですね。

あとは、任天堂やスクウェア・エニックスのような大好きなメーカー、近所のよく行くパン屋さんや飲食店など、応援したい企業やお店に積極的にお金を使っています。

豊かな生活ができる理由

なぜこんなにも豊かな生活を送れているのか?

それは、先人たちが自由競争の中で積み上げてくれた社会の成果があるからです。

資本主義の中で、多くの人たちが良い商品やサービスを開発し、税金を納めて社会を整えてくれたからに他なりません。

世間ではよく「お金がないと、心まで貧しくなり、人を羨んだり嫉妬したりするものだ」と言われます。

しかし、僕と妻はむしろ逆でした。

お金がなかったからこそ、自分を取り巻くすべてのものに感謝が湧いてきたのです。

Example

お金がない中でも愛する妻と笑って過ごせていたのは、多くの人たちが「バトン」を回し続け、この社会の豊かさを支えてくれていたからです。

僕と妻は昔から、自宅の神棚に手を合わせて、「いつもどうもありがとうございます」と毎日朝と晩にお礼を言います。

それは、この社会を支えてくれているすべての人への感謝の気持ちです。

誰に何を言われたわけでもありませんが、習慣でずっと行っています。

昔の僕と妻は、社会にかなり甘えさせてもらいました 笑

だから今は、売り上げを伸ばして、社会へ少しでも貢献したいという想いが強いのです。

貧しいと感じる理由

これほどまでに生活の土台が底上げされているのに、なぜ「貧しい」と感じる人がいるのでしょうか?

その正体は、人間の本能である「比較」にあります。

資本主義は、社会全体の「絶対的な豊かさ」を劇的に底上げしました。

しかし、それと同時に個人の「格差」も大きく広げました。

年収1億円の人もいれば、年収300万円の人もいるのです。

その結果、僕たちは知らず知らずのうちに、他者との比較によって幸福度を測るようになってしまいました。

毎日美味しい料理が食べられ、蛇口をひねれば清潔な水が出て、夜はふかふかのベッドで眠れる。

本来なら奇跡のようなこの生活も、周りのみんなが当たり前に送っていると、それはもはや「豊かさ」ではなく「風景」に変わってしまいます。

さらに、スマホを開けばSNSを通じて、誰かの「キラキラした日常」が嫌でも目に飛び込んできます。

すると僕たちの意識は、「自分の生活は惨めだ…。もっと良い生活をしたい!」という格差のモノサシに支配されていくのです。

そして皮肉なことに、より良い生活を手に入れた人もまた、「さらに良い生活をしたいし、この水準を下げたくない…」という欲望や不安に縛られるようになります。

上を見ればキリがなく、下を見るのは恐ろしい。

言うなれば、生活が豊かになった代わりに、心が貧しくなったのです。

自分の手の中にある豊かさ

誤解のないように言っておくと、今の日本には社会問題が山積みです。

絶対的な豊かさは向上しましたが、賃金が上がらず、モノの値段だけが上がり続けているという現実があります。

終わりの見えない貧困の連鎖に苦しむ人もいれば、親の虐待によって消えていく幼い命もあります。

それらを決して無視していいわけではありません。

しかし、「社会の課題を直視すること」と「今ここにある豊かさに感謝すること」は、全く別の話なのです。

社会問題を自分ごととして捉え、できる形で行動する。

それと同時に、いま自分の手の中にある豊かさに感謝する。

この二つを両立させることこそが、資本主義の世の中で、本当の意味で豊かに生きる道だと思うのです。

「経済的な豊かさ」と「心の豊かさ」

僕はこれまでに、経済的に豊かな生活を送っている人に会ったことがあります。

その全員に共通していたのは、総じて「心」も豊かだったことです。

自らの内面を磨くことを何より大切にする、「人格主義」の体現者たちでした。

そこで僕は、一つの真理を悟ったのです。

「お金があるから心が豊かなのではなく、心が豊かだからお金が巡ってくる」

「お金がないから心が貧しいのではなく、心が貧しいからお金が離れていく」

実際、今はまだお金を持っていなくても、「この人は魅力的だな」と感じる人は、遅かれ早かれ経済的にも豊かになっていきました。

一方、自分が恵まれた環境にいることに気づかず、不平不満ばかり口にする人は、ずっと経済的な貧しさからは抜け出せません。

Point

少なくとも、今この記事を読めているというだけで、あなたは十分に豊かなはずです。

住む家があり、スマホやパソコンがあり、人生について考える時間がある。

これらは決して、当たり前のことではありません。

何十年、何百年と、誰かが命をかけて「バトン」を回し続けてくれた結果として、今あなたの手の中にある豊かさなのです。

だから僕たちは、目の前に「有るもの」に意識を向けた方が、ずっと豊かに生きているのだと思います。

競争を目的化しない

他者との比較が幸福度を下げるのであれば、僕たちはその呪縛から脱却する必要があります。

それは私生活だけでなく、ビジネスの場においても全く同じですね。

つい僕たちは、「あいつに勝ちたい!」「シェアを奪いたい!」と、競争そのものを目的化してしまいがちです。

正直に白状すれば、20代の頃の僕はまさにそうでした 笑

しかし、競争を目的にした瞬間に、同業者は「敵」となり、ビジネスは「奪い合い」に変貌します。

本来、ビジネスの本質とは「顧客を満たすこと」です。

それなのに、目線がお客さんではなく競合に向いている時点でズレています。

Note

少し想像してみてください。

一軒のパン屋だけがある街よりも、個性豊かなパン屋が数軒ある街の方が、「美味しいパンを食べる文化」そのものが地域に根付きますよね?

結果として、街全体のパンの需要が膨らみ、全店舗の売り上げが底上げされる方が、ずっと合理的です。

競争とは、「どれだけの人を喜ばせたか」というプロセスの結果に過ぎません。

「誰かに勝つ」という競争を降りて、誰かを喜ばせる「価値の循環」に力を注ぐこと。

それこそが、結果として経済のバトンを力強く回し、巡り巡って自分自身の利益も最大化し、社会全体を豊かにしてくれます。

理想論かもしれませんが、僕はそういう世界の方が、ずっと尊くて美しいと思うのです。

まとめ

「国民全員が豊かになる」とは、全員が億万長者になることではありません。

他者との比較から脱却し、「豊かな生活を送れてありがたい」と感謝できる社会を作っていくことです。

勝つことや奪い合うのではなく、誰かを喜ばせることに集中し、価値を循環させる。

一人ひとりがその意識を持つことで、資本主義はもっと優しく、美しいものになるはずです。

願わくば、この記事があなたに手渡すバトンとなり、また誰かへと優しさが循環していくきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。