「こんなことを書いたら、誰かが傷ついてしまうかもしれない…」
「否定的な意見が来そうで、発信するのが怖い…」
発信しようとするたびに、ふと手が止まってしまう。
こんな経験、ありませんか?
僕も発信をし始めた頃は、まったく同じように悩んでいました^^;
でも、今なら正直に言えます。
その心配は、手放してOKです。
これは、「そんなこと気にしたって仕方ないよ!」という根性論を言いたいわけではありません。
人間の構造的に、相手の捉え方を100%コントロールすることは、誰にもできないからです。
僕たちはみんな、世界をフラットに眺めていない

大前提として、人はみんな、同じ世界をフラットに見ているわけではありません。
それぞれの経験、環境、教育などによって形成された、「色メガネ」のようなフィルターを通して、物事を解釈しています。
このフィルターのことを、心理学では「パラダイム」と呼びます。
つまり、僕が発信した内容も、あなたがどんなメガネをかけているかによって、解釈の仕方が変わるということです。
相手の捉え方までは、完全にコントロールができない

たとえば、以前書いたこちらの記事。
これは、「原因や変化を外側に求める『アウトサイド・イン』ではなく、原因や変化を内側に置く『インサイド・アウト』という生き方を大切にしよう」というメッセージを込めた記事です。
読んでくださった方からは、こんな嬉しい感想をいただきました。

読者さん
私は今まで、環境や他人に期待をして生きてきました。
でも、周りに期待を抱くのではなく、主体性を持って生きることが何より大切だと気づきました。
僕が一番伝えたかったのは、「自分の人生のハンドルを自分で握り、他者の課題や責任までも背負い込む必要はないんだよ」ということ。
しかし、もしもこの記事を、「自分は酷い環境にいる被害者である」というフィルターを抱えた方が読むと、どうなるでしょうか?
・何もかもが自分の責任だと責められている…。
・アウトサイド・インで生きている自分のことを見下されている…。
・依存体質や他責思考の自分の存在を否定されている…。
本来は「人生を今より生きやすくする」という意図で紡いだ言葉が、その方の抱える痛みと反応して、自分を攻撃する刃として捉えられてしまうことがあるのです。
もちろん、仮に「アウトサイド・インで生きている人間に価値はない」といった暴言を吐いたのであれば、それは発信者の責任です。
しかし、誠実に言葉を紡いだ結果として、相手が「攻撃された」と感じてしまったとしたら、何も気にする必要はありません。
それは、自分のフィルターを通して、自分なりの解釈をした、受け取り手側の問題だからです。
特にインターネットでの発信は、バックグラウンドが全く異なる不特定多数の方に届きます。
つまり、「100人全員が同じように、笑顔で受け取ってくれる発信」なんて、最初から存在しないのです。
どれだけ言葉を選んだとしても、全員に同じ意図で伝えるのは、不可能だと思ってください。
偏ったフィルターを持った人ほど、発信に過剰に反応しやすい

人は誰しも、何かしらのフィルターを持って生きています。
その中でも、「人間は〜すべきである」というような、極端に偏ったフィルターを持った人ほど、発信に対して敏感に反応しやすいです。
この極端に偏ったフィルターを持っている状態のことを、「認知の歪み」と言います。
相手のためを想って伝えたことが、相手には否定や攻撃として受け取られてしまう。
これは、「あなたが相手を傷つけた」のではなく、「相手の持っているフィルターが言葉に反応した」という側面が大きいです。
誰かがあなたの発信に対して怒ったり、悲しんだり、傷ついたとき。
それは、あなたの発信の内容が、相手のフィルターによって歪められてしまっただけ。
そういうケースは、僕たちが想像している以上に多いものです。
大切なのは、自分がコントロールできる領域に力を注ぐこと

僕がいつも発信で意識しているのは、「自分がコントロールできる領域」にだけ全力を注ぎ、「自分がコントロールできない領域」は手放すということです。
具体的に整理すると、次のようになります。
| 自分がコントロールできる領域 | 自分がコントロールできない領域 |
|---|---|
| 想いの伝え方や、言葉の選び方など。 | 想いの受け取り方や、言葉の捉え方など。 |
発信をする前には、自分にこう問いかけます。

ユウキ
誤解を生まないように、丁寧に想いを伝えられているかな?
相手を尊重した、誠実な言葉遣いができているかな?
ここは、僕がコントロールできる領域なので、とことん向き合います。
しかし、僕の発信をどう解釈し、どう感じるかは、「相手の領域」です。
そこはコントロールができないので、「仕方のないこと」として割り切るようにしています。
実は僕自身、過去に誤解や批判を恐れるあまり、「無難な発信」ばかりをしていた時期があります。
その結果、誰の心にも響かない発信になってしまったんです^^;
全員から好かれようと、角を丸く削りすぎた言葉は、誰の心にも響かず、素通りされていきました。
その失敗から気づいたのは、「たとえ誤解されたり、嫌われたりすることがあっても、自分の想いを真っ直ぐに届けた方がいい」ということです。
「目の前の誰かのため」に放った真っ直ぐな言葉にこそ、大きな価値があります。
今は発信していて心が楽ですし、昔よりも多くの感想をもらうようにもなりました^^
関連記事:情報発信では「嫌われる勇気」を持つことが大事だと思う!
まとめ

人はそれぞれ違うフィルターで、世界を見ています。
だからこそ、あなたの発信に対する受け取り方にバラつきが出るのは当然のこと。
大切なのは、自分がコントロールできない「相手の反応」を手放す勇気を持つことです。
そして、自分がコントロールできる「誠実な伝え方」に力を注ぐこと。
そうすれば、今よりも心がずっと軽くなるはずです。
何より、あなたの言葉が、あなたを必要とする人の元へ、より届くようになります。




