僕が起業したばかりの頃、インターネット上には「いかにお金を稼いで、いかに人生を謳歌するか」というギラついた発信が溢れていました。

時は流れ、最近ではそうした風潮も落ち着き、「自分が満足できる範囲で稼ぎ、安心感のある暮らしを送る」という、穏やかな価値観が尊重されるようになったと感じます。

幸せの定義は人それぞれです。

本人が心から満たされているのであれば、それに勝るものはありません。

けれど、あえてこの時代だからこそ、僕は声を大にして伝えたいのです。

「お金はしっかり稼ぎましょう」と。

お金とは、社会を豊かにするための切符である。

僕が言う「稼ぐ」とは、私利私欲を満たすための強欲な行為ではありません。

僕自身、高級車を乗り回したいとか、大豪邸に住みたいといった物欲はほとんどないです。

愛妻と愛犬に囲まれ、庶民的なマンションで穏やかに過ごす。

そんな平穏な暮らしだけで、僕の心は十分に満たされています。

「じゃあ、なぜそこまでしてお金を稼ぐ必要があるのか?」

理由は至極単純で、この社会をより豊かに、そして面白くしたいからです。

例えば、僕は小さな会社を経営しています。

手元に十分な資金がなければ、会社を存続させることも、新しい価値を生み出すための挑戦もできません。

もし社員を雇っていた場合、満足にお給料を渡すことだってできないのです。

厳しい言い方をすれば、お金がなければ、誰かを助けることも、社会に貢献することも叶いません。

僕には、思うようにお金が稼げなかった時代があります。

「誰かの力になりたい」「もっと社会へ貢献したい」と切に願っても、自分にその力が備わっていない。

その時に味わった、どうしようもないほどの悔しさは、今でも僕の揺るぎない原動力になっています。

だからこそ、「お金はしっかりと稼ごう」と、心に決めているのです。

お金がなければ、夢は絵空事で終わる。

どんなに素晴らしいビジョンを描き、人々が喜んでくれる事業を構想しても、お金がなければそれはただの「絵空事」で終わります。

この前、仕事仲間と「もし1,000億円あったら何をするか?」という話をしました。

学校を創りたいと語る人もいれば、島を買い取って仲間を招待するという人もいます。

ちなみに僕は、「ゲームを開発したい」と答えました。

以前、「メタファー:リファンタジオ」というメッセージ性の強い作品に触れ、深い感銘を受けたことがあります。

エンターテインメントを通じて、人々の認知や価値観にプラスの影響を与えられたら、それほど素敵なことはないと思ったのです。

そんな壮大な夢も、お金があってこそ叶えられます。

お金が人を狂わせるのではなく、人が人を狂わせる。

中には、「お金は人を狂わせる」「富を持つと破滅する」と反論する人がいるかもしれません。

しかし、悪いのは決してお金そのものではありません。

問題の本質は、常にその人の「稼ぎ方」と「使い方」に潜んでいるのです。

底なしの欲求を満たすためだけにお金を稼いだり、使ったりするから、人は人生のバランスを崩します。

それはお金に支配されている状態であり、持ち主の「人格の未熟さ」が表面化したに過ぎないのです。

僕たちはよく、「お金こそが全てだ」「愛や心が大切だ」という二極化で物事を語ります。

しかし、お金と人格は、どちらか一方が豊かであれば良いという「二者択一」のものではありません。

僕は大前提として、「人格を磨くこと」が何よりも大切だと思っています。

その上で、「社会を豊かにするためのお金」が必要なのです。

もし人格が未熟なまま、分不相応な富を手にすれば、結果として破滅を招くこともあるでしょう。

宝くじの高額当選者の多くが破産してしまうのが、その最たる例です。

しかし、磨かれた人格という「器」を持つ人がお金を手にすれば、その器から溢れ出した豊かさは、多くの人々を助ける「恵みの雨」へと変わります。

つまり、人格を磨くことは、より大きな価値を社会に届けるための「資格」を得るに等しいのです。

豊かな社会を築くために、人格を磨きながら、お金を循環させる。

この両輪が揃ってこそ、真に人生は輝くのだと僕は確信しています。

清く稼いで、美しく巡らせる。

僕のお金の美学は、「清く稼いで、美しく巡らせる」です。

豊かな社会を創れるよう、僕が勝手に考えました 笑

まず、お金の稼ぎ方の指針としているのは、近江商人の哲学である「三方よし」です。

売り手よし、買い手よし、そして世間よしという、関わってくれた人全員が幸福になるための考え方。

当然ながら、誰かを欺くなど、人の犠牲の上に成り立つような稼ぎ方はしません。

目の前の人が心から喜ぶ価値を提供し、その対価として、清々しくお金をいただく。

そうして得た豊かさを、今度は社会へと美しく還していきます。

例えば、僕が大好きなゲームに惜しみなくお金を使うことも、美しさの一つです。

それはクリエイターへ対する「敬意」であり、業界の未来を支える「応援」と言えます。

さらに、ゲームから受け取った学びや感動を、コンテンツとして発信したり、事業の質を高めるエネルギーへ変えていく。

これこそが、僕の理想とする「美しい循環」なのです。

まとめ

自分の欲望を満たすためではなく、この世界を少しでも前進させるためにお金を稼ぐ。

清く稼いで、美しく巡らせる。

そんな潔い美学を、僕はこれからも体現していきたいと思っています。