僕の人生のスタンスは、徹底した「give & give」です。
見返りを求めず、相手に期待を抱かず、徹底的に「与える側」に回ることを意識しています。
しかし、この生き方を貫いていると、一定の割合で現れる人たちがいます。
それが、依存体質の人間です。
「ユウキさんなら私の期待に応えてくれて当然」「ユウキさんなら私の頼みを何でも聞いてくれるはず」
こんなふうに、人の優しさに依存し、僕のことを「都合の良い存在」だと勘違いしてしまう人たちです。
だからこそ必要になるのが、相手との関係を断ち切る勇気です。
依存体質の女性とのやり取り

僕がまだ、会社に勤めていた頃の話です。
職場でたまに世間話をする程度の女性社員さんと、連絡先を交換したことがあります。
僕はプライベートで職場の人たちと深くやり取りをするタイプではなかったのですが、社交辞令の形で連絡先を教えました。
僕に付き合っている彼女(現在の妻)がいることは伝えていたので、あくまでも同僚として交流をしたいのだと思っていました。
ところが、連絡先を渡してから異変が起きます。
「今日は18時に帰宅されましたね」「ずっとあなたのことを見ていました」
このようなメールが届くようになったのです。
恐怖を感じた僕は、プライベートでのやり取りを避けようと、自分のスタンスを丁寧にメールで伝えました。
僕は、ビジネスとプライベートはしっかり分けたいと思っています。
特に、今は将来に向けた勉学に集中していることもあり、時間があまり取れません。
そのため、プライベートで個人的な連絡は控えていただけると助かります。
せっかく連絡先を教えていただいたのに、大変申し訳ございません。
これまで通り、職場での関係性でよろしくお願いいたします!
しかし、その後も一方的な連絡が続いたので、僕は毅然とした態度で拒否し続けました。
すると後日、職場で一枚の手紙を渡されます。
「あなたは冷たい人間です」「もう私に優しくしないでください」
そんな身勝手な想いが綴られていました。
人生の選択権は自分にある

ここで大切なのは、「優しさを与えること」と「人生の主導権を相手に渡すこと」は、全く意味が違うという点です。
僕は会社に勤めていたとき、お客様に喜ばれるサービスを提供するのは当然として、共に働く仲間たちが心地よく過ごせる空間づくりにも力を入れていました。
だからこそ笑顔を絶やさず、誰に対しても親切に接していましたし、必要であれば世間話をして、気持ちの良いコミュニケーションを取るように心がけていたのです。
その女性社員は、僕が日頃から親切に接していたことで、「優しくしてくれて当たり前」「自分の期待に応えてくれて当たり前」と、自分の期待通りの結果が得られることを、「当然の権利」として勘違いしたのだと思います。
しかし、僕がその女性社員の好意に応えるかどうかの選択権は、100%僕自身にあります。
僕が誰と関わり、自分に残された命の時間をどう使うかは、僕自身が決めることです。
たとえば、今の僕であれば、「教育の力でより良い社会を実現する」という使命を果たすためのビジネスの時間と、最愛の妻と過ごす時間を、何よりも優先にします。
だから、あまり親しくない人から「ユウキさんとメールでのやり取りをしたいです」とお願いされても断ります。
僕は、自分の人生の主導権を握り、真に大切なものに命の時間を使っているだけに過ぎません。
それにも関わらず、「プライベートでメールのやり取りをしてくれないなんて、ユウキさんは冷たい人間です!」と僕を非難するのは筋違いです。
それは、「人は自分の期待に応えてくれて当然だ」という傲慢な前提を持ち、自分と他者との境界線を踏み越えてきた本人の思考や行動にこそ問題があります。
相手との関係を断ち切る勇気

女性社員から一方的な連絡や手紙を受け取ったとき、僕は「この人との関係を断ち切ろう」と決意しました。
「ビジネスとプライベートを分け、今まで通り職場だけの関係でお願いしたい」と伝えたにも関わらず、それを聞き入れず、境界線を越えてきたからです。
何より、女性社員の行動がエスカレートしてきたことで、僕は身の危険を感じました。
上司に相談した結果、女性社員は厳重注意を受け、別の部署へ異動することになりました。
依存体質の人間に与え続けることは、こちらのエネルギーが枯渇するだけではなく、相手の依存性を助長させます。
だからこそ、あえて線を引いたり、時には相手との関係を断ち切る勇気が必要になります。
依存体質の人にまで無条件に与え続け、自分のエネルギーを枯渇させてしまう人のことを「自己犠牲型ギバー」と呼びます。
一方で、自分と相手の境界線を守りつつ、相手との関係性を見極めたり、与える量をうまく調整できる人のことを「他者志向型ギバー」と呼びます。
関連記事:「自己犠牲型ギバー」ではなく、「他者志向型ギバー」を目指す!
いわば、「与えない愛」の実践です。
このとき、依存してきた相手からは、手のひらを返したように嫌われることが多いです。
以前、依存や他責の傾向が強いクライアントさんに対し、線引きをしたことがあるのですが、そのときは見事に逆ギレされました 笑
このように、「冷たい人間だ」「ひどい対応だ」「裏切られた」と、逆恨みをされることもありますが、全く問題ありません。
「自分を嫌ってくれる」というのは、依存体質の人たちを遠ざける強力なフィルターです。
つまり、非常に合理的な防衛策と言えます。
依存体質の人を遠ざけたあとに周囲に残るのは、与える意識を持った人たちです。
与える意識を持った人たちは、今回挙げた例のように、依存体質の人たちに狙われる傾向があります。
だからこそ、「自分のエネルギーをどこに注ぎ込むのか」を、本能的に見極めようしています。
そんな人たちにとって、同じ意識を持つ他者志向型ギバーの存在は、お互いに境界線を尊重し合える「安全基地」になるのです。
その結果、お互いに与え合い、高め合う、「豊かな循環の輪」が生まれます。
関連記事:引きこもり経営者の僕が大切にしている、Win-Winの人間関係。
まとめ

見返りを求めず、相手に期待を抱かず、徹底的に「与える側」に回る。
しかし、優しさに依存をしてくる人間は、勇気を出して関係を断ち切る。
この生き方を貫いた先にあるのは、驚くほど平穏で、お互いを尊重し合える、優しさに満ち溢れた世界です。
ぜひ一緒に、美しい世界を創っていきましょう^^




